| 乱桜-二重咲き-
2009.02.16 Monday |
たたん。
森の暗闇の中から、まるで生き物のように飛んできたクナイはまるで
目でもついているかのように正確に、俺の装束を樹に縫いとめ俺の左肩を
貫いた。くそ、やっぱり子供一人抱えながら逃げるのはきつかったか。
抱きかかえた子供が泣きそうなのを必死でこらえて俺の装束を握り締めている
のがわかる。ああ、わかる。誰だって死にたくないしこんなん怖いに決まってる。
任務だからとかはあんまり関係なく、絶対にこの子だけは救い出してみせると
決めたのに、突き刺さるクナイは鉛のように重く俺を自由にしてはくれなかった。
かなり高度のある枝だ、この子だけでもと逃がしてやることも残念ながら出来ない。
ふいに気配が生じた。
少し離れた枝の上に、音も無く降り立ったのは女。
真暗闇の装束には袖が無く、丈も極短い。真珠を散らしたかと見まごう程の肌の
手足を惜しげもなくさらし、細い指はいくつものクナイを携えていた。たった今
自分を縫い付けているクナイと同じもの。漆黒の長い髪を飾った顔には白狐の面、
ところどころに施された紅がやけに目を引く。ああ、こいつが。
・・・こんな女、普通の状況だったら絶対放っておかないのに。
「湯走(ゆばしり)の欲深殿様が腕利きのくノ一雇ったっつー噂は小耳に挟んでたが。
・・・あんたか、『名刀「乱桜」』」
「・・・」
まとう空気は刃のごとく、繰り出す斬撃は桜乱れ飛ぶが如き故、
誰もが掴めず落とすは自らの首、いつしか誰が呼んだか『名刀「乱桜」』。
無言は肯定なのか否定なのか、気配をぴくりとも動かさず『乱桜』はクナイを構えた。
「・・・・・・何処の手の者ですか。発言権は一度のみ」
他を話せば殺します。鈴を転がすような澄んだ、けれどもアルトの響きを持つ
その声は、殺気で研ぎ澄まされていた。知らず顎を汗が伝う。こんないい女が
俺より手練れの忍とは世も末だと場違いに考える。いや違うだろ落ち着け。
他を話せば殺します。っても、どうせ話したってこの子を奪還された後口封じに
首ちょんぱもしくは心臓を一突きで俺の人生はおしまいだ。それはちょっと
避けておきたい。断じて俺の保身のみを願うものではなく、今腕に抱えている
子供をおもってのことである。
この子には身寄りが無い。ここまでの道中で聞いたことだが、湯走の城に無理矢理
連れて行かれそうになったとき、父も母も侍に斬られたのだと、血がにじむほど
手を握り締めていた。親戚もいない。俺ら忍衆を雇った草朱(くさあけ)が、
湯走の手に入れたという宝を奪って来いというから潜入してみれば、
いたのはこの子供で。その時は守りに長けているからといって俺が抱えることに
なったのだけども。
「仲間は皆殺しました。時間稼ぎは無用です」
・・・やっぱり。
でもまあ仲間はいてもいなくても関係なかった。最終的に俺は裏切ったろう。
この子はお偉いさん方に振り回されて迷惑してる・・・だから俺が連れて行こうと
思ってたんだ。俺も足洗って、この子がひとりで生きれるくらいまでは一緒に
いてやろうと。仲間が存命だったらお前は甘いだの任務は完璧に遂行するだの
色々言われていたはずだ。
「・・・っ」
さあどうする。そうゆう全部ひっくるめて、ここを切り抜けないと不可能だ。
切り抜けられなければ俺は死んで、この子は湯走の城の狭い狭いあの部屋に。
そんなのごめんだってんだちくしょう。
ふとそのとき、子供が俺の腕から伸び上がって、暗闇にいるあの女を必死に
目を凝らしながら見た。おい馬鹿落ちる、あぶないぞ。言いかけたところ、
子供は大きな声で叫んだ。耳を疑う。
「・・・おきくおねえちゃん?」
「、」
「!」
ついでに俺の感覚も疑った。子供が『おきくおねえちゃん』と呼んだ途端に、
乱桜の気配が大きく揺らいだからだ。今の今まで一片たりとも気配を揺らがせる
ことをしなかったその女が!子供は目が慣れたのか、なおも女を見つめて言い募った。
「やっぱり、おきくおねえちゃんでしょ?その手の、花のわっか、ボクが
あんだのだもん!ね、おねえちゃん、だまってでてきてごめんなさい、でも
ボク、ボク」
「・・・・・・」
狐の面をしているから、表情の変化なんぞわかりゃしないものだが、そのとき
なんとなく、本当になんとなくだけど感じた。あ、今、すごく悲しそうな顔をしてる、と。
乱桜は子供の声には応えず、ふっとこちらに背中を向けた。いつの間にか殺気は
消えている。代わりに感じるのは、とても物悲しく、それでいて優しい花の香り。
まるでひと季節しか咲き誇らない桜のような。
「・・・私は何も見ませんでした」
「・・・は?」
「早く行きなさい」
女が指をぱちん、とならすと、あんなに強く縫いとめていたはずのクナイが
いとも簡単に拘束を解き、十数m下の地面に落ちていく。
なにはともあれよくわからないが、逃がしてくれるのであればありがたくと、
痛む左肩をかばいながら子供を抱えなおす。
「おねえちゃん」
泣きそうな声で、子供が俺の右肩ごしに女を振り返ったけれども、そのときには
もう女の姿は無かった。かってに出てきたから、ボクのこときらいになったの?と
か細い声でつぶやく子供の頭を二、三度撫で、そんなこたねえよと言う。
これは単なる慰めではなくある種の確信。
(冷酷残忍、必殺の乱桜、の筈だったんだがねえ・・・)
顔は見ていない。白い狐の無表情な面に覆い隠され最後まで見ることは
出来なかった。それでも、あの儚くも艶やかな四肢と、鈴を転がすアルトソプラノ、
(あと、あの花の香り)
果ては自分の命まで一時でも握られてしまえば、・・・ああおかしいのだろうか、
顔も見えなかった、こちらを殺しかけた女だというのに。
「惚れた」
独り言として呟いたときには、腕の中の子供は泣きつかれて眠っていた。
:
創作 : - : - : posted by
古藍 :